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記憶に残るF-1マシン シャドウ DN8 

ロン・ハワード監督の映画「RUSH」が来年2月ロードショーってNEWSが聞こえてきましたが(アメリカでは明日公開)、その1976年にデビューしたのが日本でもお馴染みのドン・ニコルズさん率いるシャドウのDN8です。

デビュー戦予選3位、決勝4位と華々しく活躍したものの大型スポンサーUOPが前年で援助打ち切りで資金不足に陥ったのとデザイナーのトニー・サウスゲートの離脱で以後成績不振をかこったんですが、思い出すのは、翌1977年の悲劇と栄光ですな。

この写真はかのオート・スポーツそのままですが、この表紙が何を物語っているかは知っている人ならば、(この表紙がなんのコメントもなく掲載レースを小さく載せているが如く)なんの言葉も必要としないで理解できるかと思います。

レーサーと死は常に隣りあわせと言うのは周知の事実としても、この表紙のレースでの悲劇は理不尽を思わざるを得ません。

DN8と言えばこの悲劇を避けて通る事は出来ないのですが、その点をクロ-ズアップしたいわけではなく、1シーズン2台体制でドライバーが計7人もこの車を操ったって話。

シャドウ・チームは1977年初頭は昨年デビューの車をそのまま走らせていたんですが、第3戦からサイドポンツーンを変更した改良型を登場させたもののエースのトム・プライスが事故死。チームメイトのレンツォ・ゾルジがそのショックを引きずって引退と悲劇に見舞われます。

そこで、F-1シートからあぶれていた有力ドライバーのアラン・ジョーンズをリクルート。第6戦のモナコからは新鋭リカルド・パトレーセをデビューさせた。

マシンはサイド・ポンツーンを再度改良し、フロントにオイルクーラーを配置した再改良型を投入。

ここまでを確認の写真。

まづは、R.ゾルジの改良型

次にA.ジョーンズの再改良型。

車重と重量配分において、再改良型の方が良さそう。改良型はスカートもついているので、グランド・エフェクトを意識しているように見えるが、最改良しているトコロを見ると真似だけで、仕組みを理解が足らなかったかと。

で、これで話が終わったら、なんも面白くないのですが、かのパトレーゼさん、実はまだ大学に籍を置いている上にF-2などにもエントリーしているので、F-1を欠席?することもしばしばで、代役が登場と相成ります。

こちらは、ジャッキー・オリバーさん。古参のドライバーですが、その昔、シャドウに在籍して活躍した方です。

今に例えるとザウバーに久しぶりにハイドフェルトが乗るようなモンです。

こちらは、J.P.ジャリエさん。昨年まで在籍していました。速さには定評がある人です。現在だと可夢偉が復帰するようなモンです。

こちらはA.メルツァリオさん。かのフェラーリでワークス・ドライバーだった方です。F-1史上もっともフェラーリがどん底の時のドライバーでもちろん未勝利です。いろんな意味で記憶に残る人なんで、今で言うとアレジくらいにはしたいんですが、成績だとイタリアンって事もあってN.ラリーニあたりでしょうか。小さい方で、座高低いのにポジション上げずに乗っているので正面から見るとヘルメットの位置がずいぶん低いのが特徴なのですが、このミニカーはその点良く出来ています。

ってな具合に7人も乗ってます。結局、アラン以外は話にならなかったんですが、ナントそのアランがチーム史上唯一の勝利をこの年のオーストリーGPであげています。

最近はそんなドラマチックな話ないですよねぇ~。

開幕時点でシートが無いのに、途中で乗る事になって、そのチームに初優勝をもたらすなんてね。

その後、アランさんは、かの有名なウィリアムズ(この時は、得体の知れないC級チーム。今で言うとマルシャか)に移籍して、3年後には世界チャンピオンですよ。

また、かのパトレーゼさんもF-1出走回数256回(歴代2位)、優勝6回と大成します。

これからの人と斜陽がかった人が交錯してるなぁと思いますが、無くなったプライスさんが生きていれば、どうなったんだろうと、その方が気になります。(ノンチャンピオン戦のF-1では優勝しています。)

更新日時 : 2013年09月19日 | この記事へのリンク : 

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