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1980年12月8日の想い出

毎年、12月に入るとコレがよくラジオでかかる。

 

知らない人が居ないビートルズのジョン・レノンの遺作である。

そのニュースは塾に行った時に同級生から聞いた。

もう一端の洋楽FANを気取って1年半にもなろうとしていた

中学生だった。

日本とアメリカのチャートに上ってくるものは片っ端から聞いた。

洋楽曲だけで200曲以上は知っていたはずである。

レースファンでもあったから外人の名前にしたって

200人以上は知っていたはずである。

洋楽アーティストの優劣は

曲が(個人的に)いいかどうか、それだけである。

当時、ビートルズの曲は4~5曲知っていたくらいではないだろうか。

イエスタディ、レットイットビー、オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ+α。

もちろんチャートには全く出てこないんで

コレだけでも知っていること自体、

ビートルズが凄いという事ことなんだろうが、

そんな事は洋楽FAN2年生には分かるはずもない。

そんな中坊にとって

チャートに次々と良い曲を送り込んでくる現役アーティストの方が

ビートルズより”上”だったのは間違いない。 

ABBA、クイーン、ビリー・ジョエル、チープ・トリック、エア・サプライ、TOTOetc.。

もし、これらのアーティストが亡くなったら自分は大騒ぎだったろう。

しかし、ジョンに対する反応は

「ふ~ん、そうなんだぁ。アルバム出したばっかりなのに残念だねぇ~」

てなもんだった。

このニュースをもたらした友人は私の影響で少しは洋楽かじっている程度だったが、

TVのニュースが大げさだったのか、ビートルズは偉大だって知識が強かったのか、

楽バカの私の反応に呆れていた。

まあ~人が死ぬこと自体、大変なことではあるが、

この当時、

ジミン・ヘンドリックスはこの世に居ない事も

この年ジョン・ボーナムが亡くなっていた事も知っていた。

レースFANだから

やはりこの年パトリック・デパイユも亡くなっているし、

遡ればロニー・ピーターソンも2年前に他界、

その年にはキース・ムーンも亡くなっている。

ジョンだけを特別扱いする謂れは何処にもない

というのが中坊の当時の見解であった。

当時から

人がどれだけいい曲だと褒めても

自分が聞いて良くなければダメとの判断を

頑なに曲げなかった頑固者である自分にとって

世間の反応は関係なかった。

今でも変わらんわ(^^ゞ。

 

更新日時 : 2017年11月05日 | この記事へのリンク : 

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